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2009年 01月 03日
Feliz Ano Novo と 予想外
明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

さて、2009年最初の書き込みもポルトガルです。
暮れても明けてもポルトガルです。笑

世界最高齢の女性は115歳であり、ポルトガル人だったそうだ。
先ほど、その女性が今日亡くなったということがニュースになっていた。

昨年は、ポルトガル人の食生活や国民の体型を目の当たりにしてきたが、
驚くべき量(どう見ても1人分が2人前以上)、塩分の多さ、甘いお菓子…
(特に卵の黄身を半端なく使用したお菓子を目にすると、
思わずコレステロール値の上昇が頭によぎってしまう)

もちろん、日本人の口にも合う美味しい料理も豊富にあるし、
魚介料理はお勧めなので、ポルトガル料理屋に行っていただきたいが…

日々あの食生活をしていたら、糖尿病、痛風、高血圧、循環器系の病にいつかかってもおかしくない。
医者でもないのに、この人絶対に痛風や!と思うような足を何回か見たし、
実際に肥満が社会問題となっていることは、ニュースや新聞で見てきた。

医療の最先端を行っているは考えられないし、
最高齢者を輩出する国になるとは予想できない。

彼女の生活がとても健康的だったのだろうか…

と、今年最初の「予想外」だった。

# by yucci39aries | 2009-01-03 19:43 | Noticia
2008年 12月 09日
パスポートと選挙と兵役


またしてもブラジルネタです。

これも現地の人から聞いた話だが…
ブラジルでは、18歳になった男子は1年間の兵役が課される。
また、大統領選も国民による直接選挙で、国民は16歳から選挙の権利(義務というべきか)を持つ。
16歳に年齢が下げられたのは最近のことのようだが、詳細は聞かなかった…。

こうした「国民の義務」は、選挙手帳や兵役手帳という形を通して証明される。(紙一枚でも証明に値するが)

そして、この手帳がパスポートと大きなつながりを持っている。
というのも、パスポートの発行にこの手帳を持参し、
その手帳の記載しだいでパスポートの発行の可否が決められるのだそうだ。

仮に、日本で選挙手帳なるものを作ったらどうなるのだろうか…
と想像してみた今日この頃。
そもそも、総理大臣の直接選挙になればの話かもしれないが…。


# by yucci39aries | 2008-12-09 21:19 | Brasil
2008年 12月 06日
As Almas…
As Almas são visiveis em forma de Sombras.
魂は影として目にうつる。



南米の先住民、グアラニー族の神話より。


# by yucci39aries | 2008-12-06 15:00 | Brasil
2008年 11月 26日
O caminho unido ―架け橋―
今年も残すところ1か月強…。
この2008年は日本人のブラジル移住が始まってちょうど100年にあたる。
1908年、神戸の港から日本人が「希望」を抱いてブラジルへ向かった。


日本ブラジル交流年に際し、兵庫県では芸術作品を通じて日伯交流を
実現している。兵庫県立美術館、12月7日まで。

我が出身地・兵庫県は、ブラジルのパナマ州と姉妹提携を結んでおり、
さらに生まれ育った(今も育ててもらってるが…)西宮市は、
パナマ州ロンドリーナ市と姉妹都市である。


旅の途中、東洋人の私を見て「コンニチハ~」と親しく声をかけてくれる
小・中校生たちに出会った。(彼らは、校外学習で美術館や名所に来ていた)
時に、「あなた、ブラジル人?」と小学生らが群がってきて、
質問攻めにもあった。日系に見えたのか?
(ちゃんとポルトガル語で会話です。彼らも、貴重な語学の先生。)
ポルトガルでは、よく「ニイハオ」と言われたが、
ここでは、東洋人=日本人に結び付くのだろうか。
日系人がいるから、馴染みがあるのだろうか。

このように、ブラジルと言えば…



移民の多い国、特に日系ブラジル人を思い浮かべる方も多いだろう。
が、実際の日系の人口は、ブラジルの総人口の1%と予想外に少ない。
移民(またはその子孫)で人口の多くを占めているのは、
ポルトガル人(さすが)、イタリア人、ドイツ人だそうだ。
(無知な私の勝手なイメージでイタリア移民と言えばアルゼンチン…)

移民の国ブラジル…



もはや、「~系」と分類するのが無意味だという

# by yucci39aries | 2008-11-26 21:54 | Brasil
2008年 11月 24日
ぶらじる目の当たり
帰国してすでに一週間以上が経ってしまいましたが…
ただいま。
帰国後、時差ボケと風邪で体調崩しておりました。

以下、ブラジル報告(一部)

ブラジルといえば…



サンバ、カーニヴァルのイメージで、陽気なイメージが強いが…
国民の46%が貧民層という、貧富の差の激しいのが現実。

1500年から約300年にわたるポルトガルの植民地時代を経、
1822年には帝国としてポルトガルから独立し、
1889年の共和制革命によって、共和国へと移行したわけだが、
その間、貧民層への対策はなんらなされなかったという。

その結果、貧民層は減少せずに、現在にいたるわけだ。

リオの空港を降りて車で少し進むと、すぐにスラム街が現れる。

(動く車内からの撮影のため、写り悪)

このスラム街の中には、麻薬や銃の売買組織が入り込み、
警察と銃撃戦になることもしばしば。
観光客はもちろん、スラム街以外の住人も立ち入ることはない。
(すべてのスラム街がそうとは言えないし、スラム街の住人が全員「闇の世界」にかかわっている訳ではない。)



スラム街は年々その範囲を広げているようで、
もともと高級住宅地であった所にまで進出している。
これに対して政府は対策を講じようと苦悩しているそうだ。
たとえば、高級住宅街との間に大きな壁を建設するなど。

ブラジル(リオ)到着直後にまず目の当たりにした、ブラジルの現実だった。

# by yucci39aries | 2008-11-24 17:08 | Brasil


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